アポカリプティックサウンドの正体とは Vol.44

真実を告げる書

みなさんはアポカリプティックサウンドを知っていますか?
YouTubeの都市伝説などで、ときどき話題になっています。

アポカリプティックサウンドとは、終末の時代に聞こえると言われている音です。
その根拠となっているのは聖書の「ヨハネの黙示録」です。
その中に、終末の時代に起こるといわれる預言があります。
その描写はとても恐ろしく、まるで世界の終りのようです。

「ヨハネの黙示録」を古代ギリシャ語で「アポカリプス」といいます。
なぜそこにサウンド(音)が付いたのかというと、「ヨハネの黙示録」の恐ろしい描写が起こる前に「御使がラッパを吹き鳴らした」とあるからです。
このラッパの音のことなのでしょう。

今回はこのアポカリプティックサウンドと呼ばれているものについて考えていきます。

御使のラッパとは

アポカリプティックサウンドと言われるものは「ヨハネの黙示録」の中で第七の封印が解かれたときの様子に書かれています。

そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。
第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。

(「ヨハネの黙示録」8章6節~7節より)

この後に、第二の御使から第七の御使までが次々にラッパを吹き、その度にどんどん恐ろしいことが起こっていく様子が書かれています。
このことが終末の時代に起こるとされ、ついにそのラッパの音が聞こえてきたのかもしれないと恐れられているのです。

YouTubeでも、これはもしや?という音がどこからともなく聞こえてきている動画がたくさんあります。
低くて地の底から聞こえているのではないかという、気味の悪い音です。
この音自体は何の音なのかはわかりません。

でも、私はこれが「ヨハネの黙示録」にある御使の吹き鳴らすラッパの音ではないことはわかります。

「アポカリプス」の意味は「覆いをはずすこと」です。
「ヨハネの黙示録」には恐ろしいことだけではなく、まだ明かされていない真実についてもたとえで書かれています。

黙示とは秘儀、すなわち人間の知識の通常の範囲を超えたところにあるものの啓示である。神は預言者あるいは聖人を選び、隠された事柄についての教示を与える。それらの隠された事柄とは人間の経験からは疎遠なものごとであるか、さもなければ人類史のなかにいまだ起こっていない出来事である。天界の秘儀の幾つかが、詳細はどうあれ明かされる。

(ウィキペディアより)

参考リンク黙示について / ウィキペディアより 

「真実を告げる書」が含まれている「地球人は科学的に創造された」の中に、アポカリプスが書かれた理由が書かれています。

私たちは古代のメッセンジャーたちに、これらのテキストを口述しました。
そして、人間が十分進歩して理解することができるようになり、再び新たな神秘的宗教が生まれる危険を伴うことなく、私たちが人類の前に公然と姿を現す時がやってきたとき、人類にそれと分かるように準備をしました。
 これらのテキストのうち、ヨハネには『黙示録(アポカリプス)』を口述しました。私たちはテレビに似た装置によって、アポカリプスの時代に起こりうることをヨハネに見せたのです。

(「地球人は科学的に創造された」第三部 p278より)

この「ヨハネの黙示録」の内容については以前の記事も参考にしてください。

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「ヨハネの黙示録」やその他の黙示的な聖書はすべて、私たち人間が進歩したら理解できるように書かれたもののようです。

では人類がこのままだと起こる可能性があることが本当に起こるときには、ラッパの音が聞こえるのかと言うと、聞こえないと思います。
その理由は以下の部分からわかります。

ところが、私は、主の日に御霊に感じた。そして私の後ろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。
『ヨハネの黙示録』1 章10節

ヨハネは次のように説明します。
「主の日」と呼ばれる日曜日に、彼がテレパシーで私たちと交信しようとしました。
彼はこれを「御霊に感じた」と呼んでいるのですが──その時「ラッパのような」金属性の声を聞きました。すなわち、あなたがたがよく知っている電気スピーカーによる音です。

(「地球人は科学的に創造された」第三部 p278より)

現在の私たちなら簡単に理解できると思いますが、ヨハネがいう「ラッパの音」とは、たとえば拡声器やマイクがキーンと鳴る音や、拡声器を通した大きな声のようなものかもしれません。

7人の御使が一つずつラッパを持っていて鳴らすことも、書いてはありませんが恐らく同じようなものでしょう。
ヨハネが映像を見た場所には、7人の創造主たちが映像を映すためにいたのでしょう。

映像を映すためのスイッチのような、映像を切り替えるための何かを創造主たちが使っていたのかもしれません。

次の部分でもそれがわかります。

第6の御使がラッパを吹き鳴らした。すると、神の御前にある黄金の祭壇の4つの角から声があり……。
『ヨハネの黙示録』9 章13節

 ヨハネは、私が彼にこの場面を見せたときに、私の前にあった4つのスピーカーのことを言っているのです。

(「地球人は科学的に創造された」第三部 p285より)

ここでもわかりますが、第6の御使がラッパを吹いた後に声がした「4つの角」はスピーカーですから、御使が吹いたラッパはそのスピーカーかテレビのようなもののスイッチか何かだと思われます。

ヨハネはそれをラッパと書いていることから、御使が持っているものはラッパにも見える拡声器のようなものだったのかも知れません。

ですから、昔から言われている天使のラッパといわれるものは、恐ろしい出来事の前触れなどではなく、ヨハネが映像を見せられた場所での実体験だったのです。

当時の預言者による表現だった

これは聖書が書かれた仕組みが関係していると思うのですが、聖書を書いた預言者たちの文は、そのときにその場で預言者が実際に体験していることと、創造主から伝えられたことを混同して書かれています。

例えば、私が今この文をパソコンで書いているときに、同じパソコンからラジオの声が聞こえたとします。
しかし私はラジオというものを知らないとします。
そのときの様子を聖書のように書くと、

「私が聖書について書いていると、姿が見えない誰かが私の前で話し始めた。」

こんな感じです。
そのときの様子を実際に一目見れば理解できますが、この文章だけでは透明人間が現れたような何とも不思議な出来事のようです。

聖書はほとんどこの方式で書かれている気がします。
当時の預言者たちは創造主の使う技術が何なのか理解できないために、見たまま、感じたままを書くしかなかったのでしょう。

次の箇所は、いかにも神様のような人が話しているような内容です。

わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、 また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。

(「ヨハネの黙示録」1章17節~19節より)

このことについての真実は、以下のことだったのです。

私たちは、ヨハネに起き上がるように促して、彼が見たこと、彼に口述されたものを書き記すように命じ、時期が到来したときに再び、人々がこの記述を見つけられるようにしました。
私たちは彼にこう言いました。私たちは「初めであり、終わりである」と。
すなわち地球に最初に来た人であり、さらにまた、人類が自己破滅を可能にするエネルギーを発見したときに自己破滅してしまうとすると、最後の人になるということです。私たちは彼に説明しました。彼に話しかけた人はすでに死を経験したが、第一のメッセージに書かれた方法によって再生され、幾つもの肉体を通して永遠に生きているのです、と。

(「地球人は科学的に創造された」第三部 p279より)

この内容は、聖書が書かれた当時の人々には理解できないと思うし、終末といわれる現代の私たちが素直に受け入れれば理解できることです。

このように聖書は、当時は理解できないことを書かないといけなかった人たちが、頑張って書き記したものなのです。
ですから「ヨハネの黙示録」のラッパの音は、あの恐ろしい預言が現実になるようなときには聞こえるはずのないものなのです。

ただし、「ヨハネの黙示録」を利用してこの世界を恐怖に陥れようとする存在がいるとしたら、実際にラッパの音と思わせるような不気味な音を鳴らす可能性はあります。
そうすれば「ヨハネの黙示録」の内容をそのまま信じている人々を恐れさせ、コントロールすることができるからです。

信じるか信じないかは読者のみなさんの自由です。

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