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大相撲や神事での女人禁制の伝統の真実 Vol.39

投稿日:2018-04-05 更新日:

先日、大相撲の春巡業の際に土俵上で挨拶をしていた舞鶴市長が、突然倒れるという事態になったときのこと。

何人かの人が、倒れた市長の救助のために土俵上に上がりました。
それは人として素晴らしい行動です。

ところが、そのときに放送された、
「女性は土俵から降りてください」
という行司の言葉が波紋を呼んでいます。
倒れた市長を救助しようとした人の中に女性がいたためです。

その後、八角理事長から不適切な言葉だったと謝罪の言葉がありましたが。

そもそもなぜ女性は土俵から降りるように言われたかというと、神事である相撲の昔からの伝統だからです。
基本的に、神事は女人禁制のものが多いのです。
ただそれだけです。

ところで神事の女人禁制にはどんな意味があるのでしょうか。

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神事の伝統か人の命か

多分、行司の頭には伝統の意識が植え付けられていたのでしょう。
それとも、そこにいた相撲関係者の人たちの中で問題だということになって、行司があの放送をしたのでしょうか。

どちらにしても、人の命に関わる事態が起こっている時に伝統を守ることが正しいと言えるのでしょうか。

しかしこれは、何が何でも伝統を守ろうとした行司だけを責めるのは少し違うと思います。

この問題の裏には、神事というものの真実が理解出来ていないことに問題があるからです。

神事である相撲の起源

神事とは、神様に捧げる儀式です。
何故相撲が神事なのかは、古事記にあるとも言われますが、さらに聖書の創世記にもあります。

相撲のかけ声がヘブライ語で通じることでも、日本の相撲はやはり聖書が起源だと思われます。

相撲のかけ声のヘブライ語での意味はこうです。
「ハッケ」…投げつけよ
「ヨイ」…やっつけよ
「ノコッタノコッタ」…投げたぞ やったぞ

聖書での相撲の様子は、ヤコブが創造主の一人と相撲のように組み合って勝負したときのものです。

ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。

(「創世記」32章24節より)

ヤコブはこの勝負に勝ち、創造主から祝福されました。
それが現在の懸賞金になっているのでしょう。
そして名前をヤコブからイスラエルと名乗るように言われたのです。

始まりは創造主の戯れのようなものでしたが、このことから相撲は神事となったのでしょう。

女人禁制の理由

ところで、なぜ神事や神聖な場所には女人禁制が多いのか気になりますよね。

山は女の神様だから女性に嫉妬するというのは聞いたことがありますが、それは女性は同性の女性に嫉妬するものだという古い人間の考え方だと思います。

また、女性には生理や出産があるため、神聖な場所を汚さないためだともよく言われます。

恐らく私もこれが近いとは思うのですが、どうして人間が暮らす場所は女性がいても特に問題無いのに、神様といわれる創造主のいる場所はダメなのでしょうか。

以前にも書きましたが、私の考えでは当時の創造主たちはこの地球の細菌やウイルスに弱かったのではないかと思います。
地球で生まれ育った人間は、地球の細菌やウイルスには創造主たちより抗体や抵抗力があったのです。
関連記事聖書で伝えられる過ぎ越しのお祭りの意味

聖書以前の頃の人間は、今よりもかなり原始的で、衛生的ではありませんでした。
そのため、当時創造主と関わったり近づいたりできたイスラエルの民は、対策が必要でした。

その対策の一つが、男子の割礼です。
細菌が繁殖しないようにするために、創造主と関わっていた当時のイスラエルの民の生活には必要なことでした。

それに対し、女性は割礼をしてもあまり意味がありません。
割礼をしても他のいくつかの理由で細菌が繁殖してしまう恐れがあるからです。

女性には生理や産褥期があるため、男子の割礼のように単純には細菌の繁殖を抑えることが難しかったのでしょう。
どの女性が生理期間ではないかや、産褥期ではないかを見分けることも大変ですからね。

創造主の安全のため、女性は一律に神聖な場所への立ち入りを禁止にしたのだと私は思います。
その方が簡単だからです。

現代には必要ないこと

しかしこのことは、まだイスラエルの民が原始的な生活の水準だった頃の話です。
それに、神聖な場所には本当に「神」と言われる創造主がいたからなのです。

女人禁制は創造主への衛生面での配慮です。
現代では衛生面でもかなり進歩しているし、仮にもしそこに創造主がいたとしても、今なら創造主たちも細菌などへの対策をすると思います。

それに現代の神事は形式が残っているだけで、実際には創造主はそこにいません。
空っぽの神事なのです。

だから現代で女人禁制などは意味がないのです。
しかし現実に大相撲の本場所では「神様」を迎え入れ、終わったら送り出す儀式をします。
お祭りやその他の神事でも「神様」がそこにいるという前提で行います。

でも実際にその場で「神様」を見て行なっている人はいないでしょう。
現代では「神様」はそこにいないからです。
神事を執り行う神職などの人は、どう思ってしているのかが気になります。
「神がいる」と想像してやっているのか、いないのは知っているけど儀式としてやっているのか。

仮に、もし神様のような神聖な存在が見えたり声が聞こえたというなら、それは「神」といわれる創造主ではないです。
幻や思い込みかもしれないし、本当に見えたり声が聞こえたとしたら別のものです。
関連記事悪魔のサタンは本当に存在するのか

そんなことを考えるのは神様への冒涜になるなどと言うなら、それは本当の創造主を信じず、架空の神様を信じていることになります。
多くの人は少し前の私の感覚と同じだと思うので、神様というのは実体はないけどいつでも空から見ているとか、神様に失礼なことをすればばちが当たるかも、という感じでしょう。
神社に行けば、見えないけれど神様がいるので神様へ願いが届くだろうという感じです。

しかしそれは聖書で創造主が禁止している偶像崇拝に近いものです。
そしてもしあの大相撲の巡業の場所に創造主がいたとしたら、もちろん人命を優先することを望むでしょう。

現代のお祭りや神事では肝心の「神様」はいませんが、お祭りの儀式の内容で実際に創造主がそこにいたときの様子や痕跡などが具体的に伝えられているのです。

聖書が文字で伝えられている創造主についての書物なら、日本のお祭りは実際の儀式や起きたことを動作で保存しているのだと思います。

神事とは違いますが、安息日にイエスが人を助けたことが聖書にあります。
安息日とは、聖書で何もしてはいけない日とされています。
関連記事安息日とは何か。現在も人間が守るべき休日なのか。

そのとき、イエスを訴えるきっかけをいつも探っていた律法学者たちがイエスに対して、安息日に人を助けたことを責めました。
十戒には安息日を守るようにあったからです。
その訴えに対し、イエスはこう答えています。

安息日に良いことをするのは、正しいことである」。

(「マタイによる福音書」12章12節より)

ですから、創造主から一通り守るべきこととして伝えられていることを、何か予想外のことが起きたために破ることになっても、その理由が人助けなど、人として良いことをするのは正しいことなのです。

今回の大相撲巡業での出来事で、多くの人がこのことを理解出来るようになるといいと思います。

今回の事は「真実を告げる書」を参考にした私なりの考えですので、信じるか信じないかは読書の皆さんの自由です。

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ですので私はキリスト教やその他の宗教を信じているわけではありません。
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でも「真実を告げる書」はかなり信ぴょう性が高いと自分で読んで思っています。

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口語訳新約聖書(1954年版)、口語訳旧約聖書(1955年版)