聖書とは宗教の書物ではなくて人間のための書物でした Vol.33

真実を告げる書

私はまだまだ聖書を読んでいる途中です。
ちゃんと読んだのはいまだに創世記の途中です。

はっきり言って進んでいませんが、「真実を告げる書」を読んで聖書の意味がわかったので、そこから逆に聖書の該当箇所を探して読むくらいで、これから先もなかなか読み進められないかもしれません。

とは言っても、聖書を読む必要はないとか、重要ではないというわけではありません。
むしろこの地球に生まれた人にとって、聖書は読むべき書物だとわかりました。
聖書とは、ただのキリスト教の教典のようなものではありません。
神様を信じている人だけが読むものでもないです。

聖書を読む意味とは

聖書を読まずに人生を過ごすのは、カーナビも地図もなく目的地に行こうとするようなものでしょう。
遠回りをして人に聞いて、やっとたどり着く感じです。

または、自動車教習所に行かずに車の免許を取得しようとしているようなものです。
自動車教習所に行かなくても運転の練習はできるかもしれません。
自分で勉強と練習をして運転免許の試験に合格できる人も中にはいます。

しかし、自分で運転のコツを見つけたりルールを調べて覚えることは、多くの人には簡単ではありません。
自動車教習所で運転を教えてくれる教官は、車の扱い方や道路を走るときのルールや注意するべきことなど、運転に必要なことを全て知っています。
ですので多くの人は運転免許の試験に合格するために自動車教習所に行って習いますね。

それと同じように、人生を問題なく生きていくためには聖書を読んでおくといいということです。
聖書を読まずに人生をそれなりに過ごすことももちろんできます。
特に日本人は聖書を読む人が少ないので、そういった方がほとんどでしょう。
しかし、聖書を読んで生きるコツをつかむと、それまでの人生とは比べられない安心感を味わえると思います。

なぜ日本人はほとんど聖書を読まないのかは私は今のところわかりませんが、日本人にとって聖書はキリスト教の読み物というイメージだと思います。
私もずっとそう思っていました。
これは「聖書」という名前のせいもあるのではと思います。
宗教のイメージが強いです。
まるでこの本に何かが宿っているような気までします。
それに都市伝説をきっかけに読んでみても、なんだか意味がよくわからない読み物でした。

しかし「真実を告げる書」を読んだおかげで聖書の存在の意味がわかり、世界中の人にこの真実が広まる必要があるのではないかと感じました。

聖書は人間の説明書のようなもの

聖書には人間がこの世界でどう生きていくべきか、具体的な指針が書かれているのです。
誰が、どんな目的で書いたのかというと、この地球に人間やあらゆる生き物と植物を創った存在である創造主が、人間がどう生きていけば良いのかを教えるために人間に書かせたのです。

人間を創った創造主は、人間の体の造りや働きやしくみ、どのくらいの数の人が何をするようになるとどう文明が進化するかを全て知っています。
それはまるでこの地球の全ての人を1人の人間の胎児として見ているような感じです。
胎児が何か月でどのくらい成長するか、どの器官が作られるかを医師が知っているようなものです。

高いところから巨大迷路を見ていて、どの道に行けばいいか、どこに行くと行き止まりで遠回りかがわかっているような感じです。
ですから予言のようなことではなく、科学的に、統計学的に人間のすることがわかっているのです。

そんな創造主が人間に書かせたのが聖書です。
聖書には私たちがどう生きていくべきか、何をするべきかが説明書のように書かれています。
もちろんそれだけではなく、私たちの創造主についても書いてあります。
だから人間が読むべき書物なのです。

ただし、聖書を開いてただ形式的に文字を読んでいるだけではもちろん何の意味もありません。
なぜこのことが書かれているのかをくみ取りながら読めるといいです。
そうはいっても、普通に読んでもなかなか理解するのは難しいと思います。
だから読まないという人もいるでしょう。

ですので、聖書の解説書として、同じ創造主が書くように依頼して書かれた「真実を告げる書」を読むととてもわかりやすいです。
そこには、聖書で創造主が私たちに伝えたかった本当のことが具体的に書かれています。
そればかりか、この世界についてのことや、都市伝説などの真実までわかってしまいます。

都市伝説を謎を残しながらも楽しんでいる人には、謎の奥の意味などもわかってしまいますが、そんなことよりも、もっと大切なことがたくさんわかりますので、一度読んでみるといいと思います。

聖書を読まずに人生に悩んで苦しみながら、誰かに相談したり占いや人生相談にお金を払うより、聖書を読んだほうが簡単に解決できることが多くあるでしょう。

試行錯誤しながら人生を過ごすのが楽しいという考えもあるかもしれません。
しかし聖書に沿って生きていくと、しなくていい苦労や悩みはなくなり、さらに一段階上の悩みやするべき事がある事に気付くでしょう。
その場合の悩みや苦労は、きっと自分で解決できる確信のある、楽しめるくらいの悩みというか、目標になると思います。

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