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愛とは何か Vol.99

投稿日:2019-04-21 更新日:

突然ですが、皆さんは愛とは何かと聞かれたら答えられますか?

愛とは人を愛すること、つまり好きだとか大切だと思うことや大切にすることだと思っていました。
多分それは間違いではないとは思います。

ですが、聖書や「地球人は科学的に創造された」や「アミ」シリーズを読んで宇宙の基本的な法則は愛だと知って、そこから自分なりにじっくり考えてみました。

「愛こそ全て」だとか「そこに愛はあるのか?」というセリフを聞いたことがあります。

あまりにもたくさん聞きすぎて、愛は大切なんだということはわかりますが私ははっきり言って愛をよく理解していませんでした。

そして私なりにわかったことがあります。

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愛は見返りを求めないこと

愛の定義は「見返りを求めないこと」だとよく言います。

ただ、これは恋愛に関してのことだと思っている人が多いのではないかと思います。

実際にこの世界ではそういう風に伝えられることが多いので仕方ないと思います。
もしかすると私たちが愛を理解しにくいのもこの世界を支配したい存在の罠なのかもしれません。

「見返りを求めないこと」とは、誰かに何かをしてあげても何も求めないことです。
それで満足できることです。

ですが、見返りを求めないことが愛だからと我慢して満足したフリをするのは少し違う気もします。
後で書く内容ですが、それは自己犠牲になると思うからです。

具体的な例で説明してみます。

例えばあなたが好きな人に、その人が喜ぶようなプレゼントをするとします。
実際にプレゼントを渡すとその人はとても喜んでくれました。
好きな人が喜んでくれたことであなたも幸せな気持ちになりました。

その時は相手にプレゼントを渡したことへのお返しも代わりに何かをしてもらうことも期待しないし、喜んでくれただけで満足できます。

このようにプレゼントをあげる理由が、喜んでもらえること以外何の期待も要求もしないことが愛です。
さらにもしも喜んでもらえなかったとしても気にしません。
ただ、プレゼントが相手にとって迷惑だったとしたら申し訳ない気持ちになってしまいます。

「見返りを求めない」の意味が何となくわかりますか?
他にも、普段の生活の中で愛による行動をすることはできます。

ある人がハンカチを落としました。

それを見たあなたは落ちたハンカチを拾ってあげました。

ハンカチを落としてしまった人が困らないように拾ってあげたら、それは落とした人への愛による行動です。

一方で、ハンカチを拾ってあげたらきっと、落とした人やその周りの人から親切な人だと思われるだろうと考えて拾うのは、相手への愛による行動ではなく自己満足の行動です。

お節介も一見親切に思えますが、結局は相手のためというより自己満足です。

ただし自己満足は愛が無いのではなく、自分に向けた愛です。

こんな風にほとんど全てのことに愛は関係しています。
どんな理由で行動したかで、誰への愛なのかがわかるのです。

ですが、これは本人以外の誰にも、その行動の本当の理由はわかりません。
周りから見たらどちらも同じことをしているからです。

相手への愛による行動は誰も褒めてくれるわけではないし、もしかすると自分が損をしてしまう可能性もあります。

それでも相手や対象のものを思って行動することが他者への愛です。
また、自分のために行動するのは自分への愛です。

何かをしてあげるだけではなく、あえて何もせずにそっとしておくことも愛です。

これが理解できると、この世界にある全ての行動の原動力は誰かや何かへの愛によるものだとわかってくると思います。

全てが愛によるもの

愛はその行動の理由によって対象がわかります。

そしてさらに愛による行動をする対象によって、相手を傷つけようとして行動したのか、ただ自分の欲求で行動したのかの違いがあります。

例えばそっけない態度をとったとき、相手を傷つけるためにわざと冷たい態度をとったのか、ただ眠いからそっけない態度をとったのか。

自分が眠いからとか疲れているからそっけない態度になる行動は相手への愛はゼロですが、自分の体に対する愛があるのです。

相手をわざと傷つけるために冷たい態度を取るのは、相手に対するマイナスの愛に思えます。
相手にとってはその通りですが、実はこれは自分の感情への愛と言えるのです。
自己愛です。

愛は他の誰かや物へ与える愛と、自分に与える愛があります。

自分への愛は、心や体が弱った自分を守るために大切になるのだと思います。
ですから自己愛も必要なものです。

ただ、自分への愛だけが余りに大き過ぎるとエゴイストになってしまいます。

反対に自己犠牲は自分を犠牲にしても相手に与えようとする愛です。
自己犠牲は一見とても清いものに思えますが、自分への犠牲が大き過ぎるために自分への愛が無くなってしまい苦しくなります。

どちらもバランスが大切なんだと思います。

ここで紹介した愛は、私たちの心から出てくる愛についてでした。
しかし愛はこれだけではないのです。

愛は引力

愛は基本的に善の方向に働きます。
善の方向とは、あらゆる物にとって良いということです。
それは本能ともいえます。

生物の本能は種の保存です。
ですから生物にとっての愛は、種の保存に沿ったものが基本です。

ただそれは生物の個体にとっての本能です。
生物はたくさんの臓器、骨、筋肉などから出来ていて、それらはさらにたくさんの細胞から出来ています。

そういった生物の一部分でさえ、愛に基づいて働いています。
その働きは種の保存の本能のように、その部位にとっては極自然な働きなのです。

例えば細胞は分裂するようになっていますが、それは分裂することで細胞は幸せを感じるからです。
それが結果的にその生物の生命維持に繋がる動きになっています。

そして生命維持が終わったら死ぬことも愛による働きなのです。

これが体の全ての部位で行われている愛による働きです。
また植物も同じように、各部位や植物自体が愛による働きで生命を維持しているのです。

このように生物や植物の愛による働きは、最終的には種の保存をすることに繋がるのが基本ですが、生物や植物以外にも愛による働きはあります。

それは鉱物や人工の無機物です。

そういった生命と関係無さそうなものにも、愛の働きが関係しています。

どこに働いているかというと分子構造などです。

鉱物や無機物には種の保存の本能はありませんが、自然の法則に従うという働きがあります。
分子構造は自然の法則によって出来ています。

高い所から低い所へ重力によって自然に落ちるのは、愛による働きと言えます。
ですから物が重力によって地面にくっついているのも愛による働きです。

このように鉱物などの分子構造は自然の法則の働きで成り立っています。

このことが理解できると、宇宙の全ての作用は愛によるものだとわかってくると思います。

光が一定の速度で流れるのも愛の作用です。
ということは光が存在することも愛の作用からです。

なぜ全てが愛によって維持されているのかは、宇宙全体が大きな一つの生命か、またはある生命体の一部だと考えるとわかりやすいです。

その生命を維持して種の保存をするために、この宇宙の全てが作用しているのです。

つまり愛とは、ただの感情ではなくてこの世界や宇宙を作っている引力のような原動力のもとになる存在です。

愛の働きに反すると

愛は、この世界を作る全てに作用しているものです。

もし、この愛の法則に反するとどうなるか。
愛が全ての作用の原因ですので、もしその働きに反することをしたら、自然にその法則に従うように戻されます。

例えば、重力がある場所で物を上に投げると、一旦上に上がりますが、その後必ず下に落ちます。

当たり前ですよね。
これが愛による作用です。

正確には、愛の法則に反しているのではなく、遠回りをしているだけです。
遠回りをするための動きにも、例外はなく愛の法則が作用しています。

愛の法則とは引力のようなものです。
どんなことも全て受け入れます。
しかし、必ず最後には法則に従う方向に向かいます。

この事が、宇宙の全ての物事に作用しています。
自然の法則に反すると、一度はそのまま自然に反して動きますが、いつか必ず自然の法則に沿うように戻るのです。

同じように生命の維持にも愛の作用が働いています。
心臓が動くのも血液が流れるのもです。
ですから、病気でさえも愛の作用なのです。

病気の原因を細かく見ると、体の細胞や分子が何かのせいで愛の法則通りに動くことができないため、遠回りをしても法則に従おうと動いた結果です。

ただしそれは健康だった人が病気になった場合で、生まれつきの病気や遺伝の場合は少し違うのですが、これはまた別の時に書いてみます。

水が流れているところへ石を置くと、その石を避けて水は流れようとしますね。
そのために周りの部分に水が当たって、だんだん削れてしまうようなものです。

これは私たちにとってとても重要なことですが、私たち人間の行動も、宇宙の法則に反する行動をしたら必ずいつか戻るように作用します。
それが愛による作用です。

行動だけではなく、思考もです。
私たちが自然に考えることは、常に愛によって導かれています。

一見そう思えなくても、必ず愛が背後にあるのです。

現在のサタンの支配する世界の仕組みは、サタンが人類を試すために始めたものですが、いつか必ず元に戻り始める時が来るのです。
勿論サタンはそのことも知っています。

重力の中で物を上に投げても必ず落ちるのと全く同じことです。

それが自然だからです。

神は愛

私がわかったのは、愛は恋愛だけではなくこの世の全てのことに当てはまるということです。

世界の全てが愛によって動いているといえます。
一見悪いことに見えても、そこにも必ず愛の作用が働いています。

愛は見えませんが、この世界の自然の法則で確認できます。
だから宇宙の基本の法則が愛なのですね。
だから神は愛なのです。

物が落ちるのを見たらそれが愛の働きだと感じてみて下さい。

世界の全てが愛でできていると実感できるかもしれません。

関連記事: 愛とは情熱に従いたくなること Vol.101

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このブログでは「真実を告げる書」を頼りに聖書を読み解き、私なりの考えを書いています。
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このブログで紹介している「真実を告げる書」は、現在は「地球人は科学的に創造された 」という一冊の書籍の第一部として収録されています。
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